ドラマを歌に変える星(エディット・ピアフさん)

エディット・ピアフさん(シャンソン歌手)

21 25 52 午未 石門星 天将星
龍高星 玉堂星 石門星
天馳星 禄存星 天恍星

今日の誕生日鑑定はエディット・ピアフさんです。フランスで最も愛されているシャンソン歌手の一人であり、国民的象徴でした。「愛の賛歌」「バラ色の人生」など、日本でも有名な親しみのある曲を歌われました。

甲申は天性の活動家でエネルギッシュ、忙しく動いていないと病気にかかりそうなので、その豊かな活力をいかに使うかが鍵になります。一芸に専念できるかがポイントとなります。

戊子は異常干支で生まれつきの強運を持ちます。技芸を身に付ける能力にも長けています。

エディットの両親は貧しく幼いエディットを養う経済的な余裕がなかったため、母方の祖母の元に短期間預けられます。しかし彼女はエディットを忌み嫌い育児そのものを拒否したため、父親はエディットを、ノルマンディーで売春宿を営んでいた母親の元に連れて行きました。エディットは、早い時期から娼婦やさまざまな売春宿への訪問者と接触をもち、このような状況は彼女の人格と人生観に強いインパクトを与えました。

両親はしっかりと六親図にいて中殺もされていませんし、午未天中殺は目上運があります。母方の祖母もエディットの座下を支える大事な場所にいて、忌み嫌う理由がわかりませんが・・・少々宿命違反な気がします・・・。若年期の苦労は天将星が物語っています。厳しく育つほどあとに大成しますから、この悪環境は歌手になるエディットにとっては血肉となりうる体験だったのでしょう。逆に若年期の天将星を持つ人が過保護に育ってはマイナスです。エネルギーの消化が難しくなり、後半に苦労します。若い頃の苦労は買ってでもしなさい、と宿命が叫んでいます。

1930年は父と離れストリートシンガーとして自身の道を歩むようになります。この時まだ15歳。非常に速い自立です。孤独と引換の才能開花です。節運で天中殺の時の、非常に思い切った行動でしょう。翌年たった16歳で少年と恋に落ち、まもなく女児を出産。しかし2年後には子供は病死しています。

ナイトクラブで歌うようになったのは1935年。20歳の時で大運も追い風で、年運の仕事は「大半会」。大きく盛り上がる時でした。

幼少期から尋常でない環境で育ち、その孤独を歌に昇華し、人々の心を揺さぶる・・・。ただの歌い手ではなく、染み付いた体験を歌に表現できる、本物の「歌」が彼女にはあるでしょう。

エディットの歌い手としての個性は「表現の星がない」ところです。ほとんどの芸術家・歌手などは溢れんばかりの表現の星を持っています。(調舒星・鳳閣星)エディットにはありません。表現の星がない歌手、それは何を意味するのか?表現の星を持たない人は、子供の気もないことになります。そして人に依存せず、自力で解決したい人です。個人的な感情を出さず、自己完結型です。では、どこで歌っているのでしょうか。

エディットさんは石門星で歌っています。石門星は変身自我・すなわち女優的意味合いです。自分の個人感情を出さずに、違う自分になりきって、歌を届けます。まさに、歌い手さんにふさわしい人でしょう。

もちろん、曲はエディットさんの悲劇的な人生を歌ったものが多いですが、それをただ吐露する表現ではなく、歌い手「エディット・ピアフ」として表現しています。自分の人生を直接的な感情の吐き出しにせず、客観的に表現できる、ここがエディットさんの個性なんだろうと思います。


その後、大恋愛を経験したり、2回も結婚を経験しています。中年期の天恍星は恋にときめくとき。その経験も歌のこやしになったのでしょう。

47歳で癌により早すぎる死を迎えられます。短い人生でしたがエディットさんは壮大なドラマのような人生を歩まれました。

エディットさんの持つ禄存星は、生涯中、他人に影響を与えることが最も大きい星になります。事実、フランスで最も偉大な歌手の一人として記憶され、尊敬されています。フランスではいまだに彼女のレコードが売れ続けているのです。