エッセイ10

安心感とは

安心したい、という気持ちは女性のみなさんは特に潜在的に強くもっていると思います。

仕事や育児、家事のストレスなどで毎日忙しく、神経が張り詰めてピリピリしていて休息の時間がないと、
うまく「安心感」を感じることもできないでしょう。

今回、この安心感について。

恋愛中など特にこの安心感が得られにくいと、少しのことでも不安になったり疑心暗鬼になったりして、
疲れやすくなります。
仕事でもそうです。大きな仕事を任された場合、それがうまく行くか行かないか結果が出るまでは気持ちも落ち着かず、不安が勝るでしょう。

一段落ついたり、一時的に願いが叶ったりすると、突如安心感を得られます。
この安心感が永続的に続けばいいのですが、やはり、また、不安なことや心配事が起こってしまいます。

心は疲れますね。

いつも、安心していたい。

安心できることが心の平和を生み出します。

そのためには、多くの期待をせず、いい意味でのんびりと、いつも気持ちよく一秒一秒過ごすこと、が大事かもしれません。
あれが欲しい、これが欲しい、あの人がこういった、あの人がこうしない、と、自分の心の内側より
心の外側のことばかりに意識が集中すると、不安感が大きくなります。
なぜなら、人のことはコントロールできず、欲はいくら強くても、尽きないものだからです。

自分の心の内側にだけアクセスする時間を是非作ってださい。
その時間が増えれば増えるほど、自然と心は安心感に満たされます。
自分が自分であること、誰にも邪魔されないこと、誰も自分をコントロールしないし、自分も誰をもコントロールしないこと。
ただあるがまま、自然体でそこにいること。
それが、実は尊いことで、何も傷つけないことなのだと。(自分自身をも傷つけない)

あれも、これも、と欲深い状態にあると、人間はどこか焦ります。
そしてそれが思うように行かないと気づかぬうちに相手をコントロールしようとする作用が働きます。
自分自身が変わるのではなく、無意識に相手を変えようとしている。
そうすると、心の平和からどんどん遠ざかっていきます。
安心感<不安感。

人に多くの期待をせず、自分の人生の最低限は自分で責任を持てる生き方。
自分の心の内側を大事にして、人に多くを求めない。
人は人、自分は自分。
いい意味で割り切ることが私は大事だと思っています。
夫婦だとしても、家族だとしても、自分の心の根底にある自分自身とだけつながっている部分は他人と共有できません。

疲れたら、いつも思うようにしています。
「人は人。自分は自分」

自分で自分を守っているような感覚は落ち着きます。

期待が大きければ大きいほど、現実とのギャップに失望しやすい。
でも、どこかで自分のキャパシティの範囲を知っていれば、他人に大きな期待を持つこともないし、
その時間すら自分に充てることができるのです。

安心感が少ないのは、自分とのチャネリングがうまくいってないから。
自分で自分を満たす。これができないと、何をしようと、誰と一緒にいようと幸せにはなれません。
自分で自分を満たせる人が、周りの人を満たせるのです。

そのためには、自分自身とだけお話する時間をもっと作って、
LINEやSNSでなんとなく人と繋がったような気がして貴重な時間を潰さないようにするのも大事かもしれません。

何も持たないでも幸せ・・・そこにたどり着けるのが私の理想です。

そして、自分の身の丈にあった仕事で、自分のできる範囲内で確実な仕事をすること。

夢や理想はその土台あってのもの。まずは自分にとって最適な土壌作りからです。2016.10.27

メールが届かない事例と女性限定サービスへの変更のご理解のお知らせ

最近、鑑定結果をお送りしたメールが届かなかったり、お客様からの問い合わせメール自体がこちらに届かないケースが何度かありました。以前、アメリカへのメールが不通になったこともありましたが、再送して届いたりしたのですが。

携帯電話からお問い合わせフォームでメール頂いた場合で、携帯の設定によりこちらからのメールが迷惑メールに処理されたり、不通になることがあるようです。設定のご確認をお願いいたします。

メールを頂いてもこちらに届いていないケースもごくまれに発生しております。そういったこともありますから到着確認メールは頻繁にさせていただこうと思います。

そして、10月よりサービスを女性限定サービスへ変更させていただくことにいたしました。何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

breathは元々女性の生き方を応援する方針で紡いでいるブログになります。サービスの顧客層を絞らせていただくことで、より満足度の高い運営ができるようにしていきたいと思います。

何卒ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。2016.10.24

算命学での位相法の呼び名について自論


昨日は鳥取で大きな地震が発生しました。広範囲でかなりの揺れがあったらしく、余震も続いているようです。最近本当に大きな地震が多く心配でなりませんね。鳥取の方、鳥取近郊の方は本当に不安な夜を過ごされたと思います。これ以上被害が出ないことを祈るばかりです。高齢の方の長期避難生活などにならぬよう、早い復旧で安心した毎日が戻ることを祈ります。

最近鑑定をしていて思うのですが、運勢のことで、大運で来年から10年「害」がきます。とかって結構衝撃的ですよね。「害」って言葉が・・・。

あなたは今から10年害ですって、全然ポジティブに感じない。害とか中殺とか、刑とか、恐ろしい言葉のパレードですからね、算命学って。勉強している人は慣れたとしても、全く算命学を知らない人からしたらギョッとしますよね。天剋地冲とか。

もちろん害が悪いわけではなくて、プラスになる生き方だってあるんですけど(天中殺しかり)、害とか天中殺っていう怖い響きでビビってしまって、テンションが落ちるというのはあると思います。

言葉のイメージって大きいですからね。

だから、「害」という呼び方をもっとプラスのイメージになるように変えてみたらどうかな?と思いました。たとえば、「受容」とか、害=受容性という意味もあるので、10年害っていわれるより、10年受容って言われる方がいいですよね。あとは、美しいものに触れる時期だとか。

天剋地冲も激しいので、10年天剋地冲ではなくて、10年「改革的変化時期」とか。

刑も争いではなくて、「前向きな調整時期」とか。

算命学の位相法をそのまま引用すると、デリケートな人には結構きついので、このようにやんわりした伝え方をすることで、ポジティブな要素が増えればいいんですよね。

天中殺も、奉仕期間とか、勉強期間とか。宿命中殺も、いい言い方があるかもしれません。

このように、歴史ある算命学を現代的に、溶け込みやすいようにしてポジティブな気持ちを与えるのも、鑑定士の役割だと思っています。いわば改革的占い!です。占い界のチェ・ゲバラ、ブラックジャックのようになれるように、日々独自に研鑽していこうと思います。

でも、グサっとくることも大事ですけどね。人間、真の意味で傷つかないと変われませんから。生易しい占いではないのが算命学。そこも算命学が好きなところです。ただ、言い方、捉え方ひとつですべてが変わるのも算命学。

新しい算命学を目指してがんばりたいと思います。2016.10.22

本当に好きなことをしていれば、比較する苦しみが消える

最近、自分でも思いますが、怒涛の毎日のエッセイUPですね~。これだけ思いつくのも、何なんでしょうね~秋だからでしょうか。自然と振り返って、物思いに耽りやすい季節なんでしょうね。

今日のテーマは「比較」について。

みなさんは生きてれば必ず誰かと自分を比べて苦しい思いをされたことがあると思います。どんなに自信がある人でも少なくとも、人と自分を比べてしまうものです。あの人に比べ、自分はこんなにも足りない、もっていない、楽しくない、夢を叶えてない、、、、。など、人と比べると苦しみのスパイラルにはまってしまいます。そして自己嫌悪になり、自分はちっぽけな存在と理解してしまう。

そもそもなんで比較する必要があるんでしょうか。元々人間は誰ひとり同じ存在なんていないのに。全員全く違う細胞でできた「個性」の塊なのに、最初から比べる必要なんてないのに。

大事なのは、比べるのではなく認め、受け入れること。他人と違うことは当たり前。タイミングだってあるのに、自分が不調な時にわざわざ好調な人と比べてダークな気持ちになるのは自分で自分の首を勝手に締めている状態です。。

でも、頭ではよくないこととわかっていても、比べてしまうのが人間。自己啓発本などで理解して、頭でわかっても、実際比べなくなることができず、また違う自己啓発本に依存してしまうのは、感情がついていけていないから。人間は完璧な存在ではないからです。やっぱり、煩悩が邪魔をする。

私は人間は不完全で当たり前だと思っていますから、まず、そうやって比較から逃れられない自分だとしても、それを嫌と思わず受け入れます。そういう時期なんだ、仕方ない、とあっさり受け入れる。最初から完璧な人間なんていないから。ちょっとは人間臭いところがあっても仕方ないじゃん。って。自分にやさしく笑

じゃあ、どうすれば感情ごと「比較」する心がなくなるのか?です。これって結構簡単です。

ただ自分が本当に自信をもって大好きなことをしていればいいだけだと思うんです。

不安だから、自信がないから、人と比べます。自信があれば、強いマインドをもって、自分自身を信じてあげていれば、人と比べる必要はなく、自分のことも、人のことも同じように受け入れられます。そこに比較はなく、あっさりと、「自分は自分」「他人は他人」と割り切ることができます。

人と比べてしまう時期はあってもいいんです。私なんか365日比べていましたから笑 まあそのおかげで苦しみましたが向上心がついたというのも本当のところです。無駄ってないんです。ネガティブになった感情も悪でなくポジティブへの回り道。無駄じゃない。大事なプロセス。だから今がある!

「自分が本当に自信をもって大好きなことをしていればいいだけ」と簡単ですよ~と書きましたが、実はこれができないからみんな悩んでいる笑

これが出来ている人って実は少なくて、みんな生活のためにそこまでしたくないことをせざるを得なかったり、乗り気ではない人間関係のしがらみが抜け出せなかったり、建前の自分で生きてることが多いです。大人になればなるほど、そういう仮面の世界で生きざるを得なくなってしまいます。暗黙の了解。それが大人の世界。でも、自分に素直に生きている人って、若い。自分に責任を持っていて、環境のせいにしないから、みずみずしく、ピュアでいられる。自分の責任で自分のしたいことを選んでいるから、人のせいにしない。壁にぶつかっても、それが自分へのギフトと思えるんです。でも、したくないことを嫌々していると、何かが起きたとき、自分以外のもの、ひとのせいにしがちで、ネガティブになって、根本的解決になりません。

人間関係が嫌なのに、SNSはやめられない。とか、仕事が嫌なのに、生活のためにやめられない。とか、人間は絶対的矛盾をもってうまれてきています。で、解決策としてキッパリSNSをやめるとか、仕事をあっさりやめるような人は中々いません。そう簡単にできないでしょう。でも、出来る人ってすぐ次にいけるんです。そういう人は、夢が叶うスピードも速いでしょうね。

最初の最初は、自分が本当に好きなことを見つけること。流行っているからではなく、稼げるからでもなく、だれかに好かれたいからでもなく。そういった邪念からでなく、自分の魂がビリビリきて、前のめりになるような「好きな」ことを探すんです。

それが決まったら、掘り下げていきます。対象に自分を近づける。波動を合わせます。するとどんどんはまれていく。融合感を感じれたらOK。誰にも邪魔されないような神聖な気持ちが宿れば、他人と比較するような無駄な感情はわいてきません。

好きなことと自分が融合したら、それをもっと自分らしくするために「努力」します。誰との戦いでもない、誰と比べるのでもない、あの人に勝つために、とか、あの人より上手になるために、とか邪念でなく、自分自身とだけ戦うのです。戦うというか、コミュニケートして、努力する。努力するから、自信がつくのです。

最終的には努力できるかできないか、が大きな差になるでしょう。ただ、本当に好きなことであれば勝手に努力して頑張れます。楽しいから、努力しているという感じもありません。楽しすぎて没頭していたら、勝手に自信がついてきた。というのが理想です。

人はみな才能をもってうまれてきています。自分だけの才能を。それに早く気づいて、活かし、努力し、花を咲かせるため継続することがなにより大事です。

自分だけの人生。人と同じような繰り返しの毎日を理由をつけながら妥協して生きていく必要はありません。

自分を変えることができるのは、自分だけです。算命学で宿命を知るのも、人と比較しないための第一歩になるでしょう。2016.10.20

↑絶対人と比較しない人(ネパールにて)

休んでも大丈夫

人生って結構長いですから、永遠に走り続けるなんて過酷です。

たまには立ち止まって、ゆっくり呼吸して、エネルギーを蓄えてみましょうよ。休むのは怠惰なんかじゃない。その時間が誰にだってたいせつで必要な時期というものがあるんです。ある人にとっては多忙な時でも、ある人にとっては、休息の時。みんなと無理やり歩調を合わせて、自分まで忙しく生きる必要はありません。

人は人、自分は自分。与えられたタイミングというのは、千差万別です。算命学をしていると、運勢の流れというものがわかりますから、余計に他人の流れに惑わされず、自分らしい流れで生きることの大切さがわかります。

周りの人がみんな忙しく働いていているのに、自分だけ時間に余裕があるとか、体調不良で休まざるを得なくなったりとか、ショックなことがあって、止まらざるを得なくなったりとか、人生ですから自分だけが違う状況になることだってあります。そういう時は、周りの流れに従わずに、自分のベクトルで動いていいのです。休みたかったら思いっきり休むことも大事。休むからクリアに見えてくることはたくさんありますから。

特に私たち日本人は勤勉で、実直で非常に几帳面で真面目。与えられた仕事はだれだって真剣にこなすはずです。ただ、働くことに関しては一流でも、うまく休むことが苦手な人が多いように感じます。

休むことが悪いことではないのに、長期の休みがとりにくかったり、休みをとったら白い目で見られたり、肩身の狭い思いをしてしまう社会です。休むことって全然悪くないんですけどね。

もちろん、サボリはよくありません。正式な理由があって休むことは悪いことではないのです。

もっと自分を大切におもっていれば、うまく休養をとることもできるはずです。身を粉にして働く必要もありません。

先日、幸せの土台は自分自身を愛するところから、と書きましたが、それができない人はうまくまずは休養をとってみることをおすすめします。雑多な人間関係で仕事に追われていては、本当の自分からどんどん遠ざかります。うまく休養をとることも知恵のひとつ。とれるような環境をつくることが大事で、それも知恵が関わってきますね。

心に余裕ができると、自分と向き合いやすくなります。自問自答する時間があるから、人のいうことを考えなくてすみます。自分はこう思うな、とか、自分はこうしたい、という欲望が自然と出てくれば、自分を愛せるチャンスです。自分と自分が歩み寄っているということ。

人に流され続けていては、真の調和、安らぎからは遠ざかります。思い切って休養をとることも、大事な時間であり、悪いことではないこと。遠回りしたほうが、着実にいろんなものが見えるメリットもありますから、止まることを恐れないでください。心配しないでいいのです。少しの間止まったところで、何も減りません。何も奪われません。それでなくなるものは、はじめからなくなってもいいものです。奪われるものはなく、むしろゆっくり流れる時間や真の自分との大切な時間が受け取れます。

自分だけがゆっくりしている、止まっている感じはネガティブではありません。次につながる大事なステップなのです。迷ったとき、悩んだときは一旦その場から離れてみる。すると違うところから答えがみえたりしますから。

楽しむより、頑張るが上回ってきたら、うまく調整して、楽しむ、が上回る状態に戻してあげましょう。

それをコントロールするのは、あなた自身です。会社のでも、親でも、パートナーでもありません。

自分自身の司令塔は、自分しかいませんよ。

自分のリーダーは自分だけ。総じて、この世界の誰もがリーダーになれるのです。

だから、自信をもって。自分のことが好きという感情を取り戻してください。

そして、自己肯定感が上がれば上がるほど、多くのものを求めなくても幸せになります。いい意味での無欲感とあるがままの充足感です。

結婚したければ、恋人が欲しければ、まず相手を探す前に、自分自身に恋できるような自分になること。自分にメロメロな自分になってください。努力してください。愛されて当たり前の自分を創造してください。そして、本当の自信がつけば、おのずと素敵なパートナーは現れます。

自己肯定感って幸せの基本なんです。自分が好きってことは最高なんです。

自分のことが嫌いな人は一旦それも受け入れて、すこし休んでいれば、自然と自己愛が戻ってきますよ。今は嫌いでも大丈夫、自分を好きになるために生まれてきてますから、うまくいきます。自信をもって。2016.10.18

↑路上で寝るインド人

本当の幸せとは

みなさん、「幸せ」とは、人生の永遠のテーマだと思います。でも、幸せって一体なんなんでしょうね。

こうして普通に息をして生きていられるだけでも十分幸せなんですが、人は欲深いもので、人と自分をつい比べて、自分は劣っていると思ったり、もっと自分に足りないものを得ようとします。

もちろん幸せの定義なんて十人十色だとも思います。

ただ、私が考える本当の幸せの土台は、「自分自身を愛せること」なんじゃないかな~と思います。自己愛というとエゴイスティックな感じがしますが、自分を愛せないと、なんか辛いですよね。

自分が一番可愛いから、自分に甘くなる、という意味ではなくて、真の自分に満足していて本当の自分を知り、それを認め受け入れ、自分自身と調和する、というニュアンスの「自分を愛する」です。

ちなみに私は自分を愛せている方だと思います。今が完璧に理想的な自分というわけではないですが、近づいているので、自己肯定感はある方だと思います。それは、自分のやりたいことで仕事ができていて、それが楽しいこと、その力で人に何かを与えることができること、仕事だけでなく趣味も充実していて、シンプルで無駄のない生活ができているということ。が理由です。

もちろん自己否定的なときもあって、自己喪失も経験しましたし、劣等感や自己嫌悪という負の感情に長い時間縛られていた時期だってありました。

でも、時間とは不思議で、あるべき方向に自然と向かっていって、今は自分らしい生き方ができていると思います。自分が自分に満足できているので、自分のことを好きでいられるのです。自分のことが好きだと、気分がいいです。自分が選んだ今の結果を誇りに思える。究極の話、すべての結果に自分で責任を持つことです。自分が好きだと、自信があって、毎日をポジティブに生きることができます。まず、自分にも素直にやさしくなれます。自分に生まれてきてよかった。やっぱり誰よりも、自分の人生が一番素晴らしいなって思うと本当に幸せです。幸せの土台として。結果周りにも幸せを運ぶことができるのです。

それまでは自分以外の人の感情ばかりに気を取られて、苦しい思いを多くしていました。あの人はきっとこう思っている、とか、これをしたらこう思うにちがいない、とか。あの人がああするのは嫌だとか、「自分が」ではなく、「誰々が」が主語でした。

主体性が消えて、人の目を気にしながら人に合わせすぎて生きていました。そんな自分を好きになることなんてできませんでした。カッコ悪い自分、自分らしくない自分、人形みたいな自分、惨めな自分、と思っていました。

自分がない、時というのは本当に辛いんです。抜け殻というか、自分だけがなくて、自分以外の世界は彩りをもって生き生きと動いている・・・。自分だけがなくて。そこから、自分を取り戻すまでには時間も努力も必要ですから、大変なんですよね。

悩んでいる人の多くは、この状態だと思います。

まず、自分を愛せていない。芯から自分を肯定できていない。自分より相手(たとえば夫や恋人、家族)がどう思っているかばかり考える。相手のことばかり考えすぎて自分がからっぽになり、自分の欲望がわからなくなる。だから、自分を殺して生きてしまい、結局そんな生活に不満がたまり、爆発。相手とも自分ともうまくいかなくなる。

占いに来る人は少なからずともそれを解決したい人で、自己啓発も好きで、自分を愛することのたいせつさは頭では理解されていると思います。でも、頭で理解していても、感情がいうことをきかないから困るんですよね。自己啓発本通りにはいかない。だから、自己啓発本だけが売れ続けて、実際解決はしないのです。

自分より相手を愛するからこそ、相手のことばかり考える。それは当たり前であり、愛するゆえのこと、自然だと思います。でも、苦しい。でも、やっぱりそれが愛なんですよね。愛には苦しみも結局入っている。

でも、一番精神衛生的にいいことは、自分自身も愛せて、かつ、相手のことも愛せていること。そして、相手のことを愛せる自分自身を好きだという気持ち。です。

悩んでいると、自己肯定感を忘れがちです。ネガティブな部分にばかりベクトルが向かうので、悪い部分ばかり考えて、自分を過小評価しやすい。これは、幸せから遠ざかってしまいます。一時的に悪い時期かもしれない、けれど、今までいいこともたくさんあった、頑張ったことも多かった。今までがあるから今がある。というふうに、今までの自分への賞賛を忘れずに、悲観ばかりせず、そのままの自分を認めてあげることが大事です。あまり自分を傷つけすぎないで。反省したら、なるべく早く立ち直って、大好きな自分になれるよう、行動してください。

万年悩んでいるような人、いつ見ても不満そうだったり愚痴が多かったり、環境のせいにしたり、自分では動かないのに、文句だけは止まらないような人って、大体自己嫌悪感が強いような気がします。どっかで自分のことを否定してる。だから、結局否定的な毎日がここにあるのです。不思議と、万年お悩みタイプさんは、変わろうとせず、だれかに何とかしてもらうのをひたすら待つパターンが多いのです。それでは永久に変わることはできませんよね。

自分のことがいまいち好きになれない人は、どうすれば自分のことを愛せるか考えてみてください。簡単な話、痩せれば好きになる、とか表面的なこともあるかもしれません。でも、そのままで幸せと思える心が一番大事なのです。それでもどうしても、無理、自分を許せないと思う人(私もそういう時期がありました)自分を完全に拒否してしまった人は、その拒否した自分すら受け入れてください。そして、それを乗り越える挑戦をする、それ以上の高い壁を越える能力があるということなので、理想の自分になるために努力して、耐えてください。ただ、苦しさを感じながらも、生き続けてください。酸素の薄い険しい山を登るのと一緒です。

自分を愛せないときはだれだってあるでしょう。それを否定する必要はありません。では、愛せないということは、今後より愛せる自分になるための準備期間ということですから、愛せないから終わりではなくて、今から愛せる自分になれるチャンスだと思ってください。

自分を愛せる自分でいるときは本当に心が安定していて調和を感じ、嫉妬や焦り、比較する心を持てないので充足感が高いです。無駄な感情がないということです。赤ちゃんみたいなもんです。赤ちゃんは最高ですよ~笑

100%自分が好きで満足できる人はすくないでしょうが、80%でもいいです。本当の幸せは外側から得るのではなく、自分の心の内側から自分で満たしていくもの。幸せは奪うのではなく与えること。他力本願では幸せなんてやってきません。創造すること、幸せを生み出すという神秘。誰の心にも宿るのです。ただ、するかしないかそれだけの話。

その生み出そうという気持ちがあれば、何も怖くありません。知恵と勇気も大事ですよ。2016.10.17

正しさよりたいせつなもの

鑑定をしていても、サイトを更新していても、算命学の勉強をしていても、気づいたら、つい「正しさ」に詰め寄っている自分がいるのを強く感じるようになりました。

正しいことを伝えないと!間違ったことを言ってはならない。と、かなり勉強モードな脳みそになってしまっていることに気づきました。もちろん、正しさって大事なんですけど、正しさにばかり縛られると、独創性がなくなって、なんだか疲れて、少しでも間違うと、ストレスを感じてしまって、結果ギスギスしてしまいます。

勉強をしすぎると、「正しさ」ばかりに気を取られてしまい、純粋な鑑定、直感的な鑑定が難しくなるような感じになりました。正しさってなんなんだろう。1足す1は2ってこと?それ以外の答えはだめで、それを提示してはいけないってこと?天中殺論も未来もすべて教科書通りの説明しかできないの?って考えると、なんだかそれ以外の考えが淘汰されるような感じがして、不自由に感じます。

鑑定依頼が集中すると、直感力より、理性が勝って、つい「正しい」ことばかりを主張しがちになってしまいます。振り返ると、なんだか味気なかったり、つめたい感じがしたり、自分らしくない感じもしたりして、「正しさ」に縛られている自分を発見しました。こうせねばならない!こうあるべきだ!って・・・なんだか疲れますよね。

間違いなく、正しく完璧にこなすことはプロとして当然かもしれません。でも、お客様が「正しさ」を求めてなかったとしたら・・・?とふと思うのです。

自分は正しさ、完璧さを提供したくても、それが求められなかったら、どうでしょうか。教科書通りの「正しい」言葉より、共感や安心感、ポジティブな気持ちだけを求めている人が結構多いもんなのです。

正しさなんて、人は大体みな言われなくてもわかっています。完璧にこなしたいけど、それができないから、改善策はわかっていて、それでいてただ共感して欲しいのです。特に女ってそういう生き物ですよね。私も女だからわかるのです。だから、なるべく共感する姿勢、受け入れる姿勢を大事にしたいと思います。

共感されたくて、認めてもらいたい。それだけで安心するから、「正しさ」がきつい時だってありますよね。

弱さも認められたい。これでいいんだってわかってほしい。その気持ちを受け入れて理解できる鑑定士であろうと思います。

日々いろんなお悩み相談を頂きますが、正しさを押し付けるのではなく、その人らしい生き方を自然に提示できるような、場所でありたいと思っています。

正しさより、たいせつなのは、楽しさだったり、受容だったり、共感だったりしますもんね。

だから私はこれは正しい!これは違う!という教科書的な鑑定はしないように心がけています。未来は教科書がつくるのではなく、その人その人が作っていくものですから。

その人の人生のふとした瞬間に、そっと心に寄り添い、あるべき場所を照らしてあげられる灯火のような鑑定でありたいと思います。

日々、精進しながら、鑑定していきたいと思います。2016.10.16

頑張るというより、ただ楽しすぎて、やりたすぎて

最近、個人鑑定も、サイト更新も深夜までに及ぶことが多く、私も気づいたらこんな時間!!と思うことが多いです。依頼者さんにも深夜にメールすることがあって(パソコンへのメールですから)、依頼者さんからこんな遅くまでお仕事頑張られて、無理しなくても大丈夫ですよ、と優しいお言葉を頂くことが多いです。(本当に優しい方が多く、私が逆に癒されています)

頑張ってますね。大変ですね~と言われたり、思われたりするのかもしれませんが、私はなんと全く頑張っていません(・・・)そして、全く大変ではありません。(周りからみたら大変に感じるのかもしれませんが・・)宿命を見たすぎて、鑑定をしたすぎて、サイトへの更新がしたすぎて、熱中していると気がついたら何時間も経過してしまってるんです!!

大変というより、やりたい!というポジティブな気持ちのほうが完全に勝っているんです。

頑張ろう!と思ってないわけではないですが、頑張ろうと意気込まなくても、楽しすぎて、やりたすぎて夢中になって、それが結果的に頑張ったことにつながっていた・・・感じです。

でも、それってかなりいいことなんじゃないのかなあと思います。自分でも。

頑張れないことを頑張れと言われても、厳しいし、頑張りたくない、乗り気じゃないから、頑張らざるを得ないことは、なんだか難儀です。頑張ってしても達成感も弱いです。

とくに私は頑張れないようなことは頑張れない人なので・・・。

本当にしたいこと、好きなことは、頑張るという意気込みがなくても気づいたら頑張れちゃうんです。それが自然で精神衛生的にも非常にいいなあ~と思います。

こういうことが仕事として成り立っているというのは、本当に幸せなことです。

サイト更新も、個人鑑定も、やりたくないと思ったことが一度もありません。もう、したくてしたくて仕方がありません。笑

宿命を出すと、バカみたいにその人のイメージが浮かんできて、言葉が勝手に暴走的に出てきます。わー更新しないと!メールしないと!これも言わなきゃ、あれも書かなきゃ!と焦ります笑

タイピングがついていきません。

これが、自然なんですかね。したくないことを我慢してやるより、(それももちろん大事、ぜったい大事)やりたくて仕方ないこと、そのためなら寝る時間も削ってできるぐらい夢中になれること、それが自分の仕事となって、周りの人を動かすことができる。こういう運命の仕事に出会えることが、自然で、人間本来の生きやすい姿で、それが現実的にどうしてもできないから、人はみな悩み、比較し、疲れるんだと思います。

鑑定をしていて、疲れることは本当にありません。メールを返すたび、ワクワクしています。どんどん若返る感じでフレッシュな気分になるのです。本当に不思議です。

この仕事がもっとしたくてしょうがないです。サイトの更新もまだまだ50人近くUPしたい人がいて、鑑定したくてしょうがありません。

本当に、私は、頑張りたくて頑張ってるのではなく、ただ自然にやりたくて仕方のないことを夢中になってやっているだけなのです。

それが、楽しいし、最終的に頑張れる。(頑張ったと思える?)鑑定の仕事以外にも、趣味ですが、歌ったり、写真を撮ったり、ヨガをしたり、サーフィンをしたりする時間も同じように没頭できて楽しさの方が勝ち続けているので最終的にがんばれています。だから、続くんです。

人間、生きていたらひとつぐらい、完全に時間を忘れて夢中になれるものができるはずです。それがあるだけで結構幸せなんですよね。

人に惑わされず、自分自身が必要なものを探してみてくださいね。人がいいといったから、ではなく、真の自分がこう感じるから!と思うものが大事なのです。このくらいシンプルな方が、心の満足感が高いですよ。2016.10.10

ニュートラル、フラットな心が調和を生む

悩みの話に続きますが、人は単純ですから、物事に、一喜一憂しやすい生き物。私も前は感情の上下動がかなり激しく、極端な人間でした。朝は燃えるようなテンションで、いい気分と思っても、仕事でミスなどしたとたん、雷を打たれたように固まって無表情になるような面倒くさい人間でした。

そんな自分を変えなかったのは、どこかでそんな自分がおもしろい、変わっている、人と違う特別感という無駄な自意識があったからだと思います。でも、変えないと、自分が疲れるということもまた、理解していました。精神的にも感情的にもかなり振り回されやすく、一定の心を保てない、そんな自分に疲れて、でも、それが自分の個性だと言い張って、そんな自分を周りに受け入れさせていたような気がします。だから人間関係でも過剰に人の言葉に傷ついたり、うまく距離をとれなかったりして、お酒に走って5年以上もアルコール依存から抜けられないほど、酒浸りでした。もちろん周りも酒浸りでしたから、その状況がおかしいとさえ思わなかったのです。

しかし、体調の悪さと、体力の衰え、思考のネガティブが慢性化して、でも、感情の上下動は激しく、人の言うことなすことが気になって、何をしていいかさえ分からなくなっていました。自分の軸がないのに、またそれさえ、そういうところが自分の個性と開き直っていました。

自信喪失や劣等感、敗北感は地獄のように味わってきたつもりです笑

なんか暗い人間に思えてきましたが、今は全くそうではありません。

確かな心が身に付けば、結構怖いものなどなくなってきます。何にでも単純に反応し、一喜一憂して感情が上下動しやすい人は、フラットな心をどこかに落としてしまっています。中間がないのです。のるかそるか。いいか悪いか。中間が一番大事だと思うのです。

人は、きっと全てをなくすほどの衝撃を受けたときに、自分を無くすことに成功し、やがて、心をフラットにするという魅力に気づくのだと思います。私はそうでした。

ゴミゴミしたなんでもインプットした混沌とした心から開放されて、人の生き方、発言、外の世界に動かされない、静寂を守れる心。夜明け前の海の静けさのような心の安定を生み出すことの尊さに気づました。

今は超情報化社会ですから、誰でもかれでもどんな情報でも勝手にインプットされてしまいます。都心では、街を歩くだけで自分というコンピュータのフォルダがマックスになるほどの情報量を吸収しているでしょう。だから疲れるのです。そして、情報を流す提供者の思惑にまんまとはまってしまう。簡単に洗脳されてしまう世の中です。

偽の情報だって信じやすい。何が正しいのかさえどうでもよくなってきてるぐらいです。

情報が拡散して、誰の情報もSNSで知ってしまえるからこそ、一喜一憂しやすく、心が乱れやすい。感情の上下動は激しくなる一方です。しかし、一時よくて上がっても、やがては落ちていきます。中間にいる人は、上がりすぎず、下がりすぎず、調整しながら自分の心の軸との調和を保てます。

ブレない心、惑わされない心、本当の自分と常に調和するには、もっといろんなものを排除する必要があるでしょう。超情報化社会にまともに馴染んでいる限り、情報のストップはないでしょう。永遠にインプットされ続け、感情は疲れ果てます。最後には感じることすらなくなるかもしれません。

人の評価を気にしすぎる、人のために生き過ぎる、純粋な目的以外の自意識、プライドのために猛進などしていると、真の調和からどんどん遠ざかり、やがて、自分がブレていることに気づきます。

一番大事なのは、本当の自分ときちんと繋がっていること。自分と手をつないでいますか?抱きしめていますか?人の評価をきにするのではなく、自分で自分を評価できる自分になってください。そうすれば、本当の自信がつきます。本当の自信がつけば、嫉妬心、猜疑心、依存、敗北感、比較はなくなり、自分を愛することができるでしょう。

やっぱり、それができる人とできない人は、「勇気」や「潔さ」に違いがでるんですね。出来る人は、できるし、できない人はできないんです。才能やセンスも関係してくるとも思いますけどね。2016.10.10

悩み、迷いは尽きない方が当たり前

私はお悩み専門の仕事をしているので、日々、悩んでいる方や迷っている方とやりとりをすることが多く、仕事以外でも不思議と友人や占い師ということを知らないような知り合った人から相談事を持ちかけられることが多く、やはりこの仕事は向いているのかな~と思います。

悩んでいる方の悩みを解決するお手伝いをしている私ですが、悩みがないというわけではありません。ゼロではないです。占い師でも、自分の未来を不安に思ったり、天中殺が人並みに怖かったり(笑)、害が怖かったりするので、依頼者さんと変わらない、普通の心を持った人間なんだなと自分でも思いますから、依頼者の方はフツーの人と思って、安心してくださいね。

とくに私は霊が見えたりオーラが見えたりといったバーチャルの類のことは一切できませんので、本当に普通の人間です。霊感も全くありません。むしろ鈍すぎて霊も近寄ってこれないでしょう笑 

算命学はそういった類の占いとは一線を隠しており、かなりリアルで信ぴょう性の高い言葉でズバッと人格を言い当てていて、占いを信じないような人でも入りやすい「学問」です。

算命学で未来図が見えていても、そりゃあ人間ですから悩みます。迷います。教科書通りにいかないのが人生で、出会う人、一緒にいる人によって運命が変わるのが現実ってやつですから・・・・。

目的を達成したときなど、一時的に心が大きく満たされた場合、人は悩みを忘れます。自意識も強くなって、なんでもできる!という強い自信と勇気、満足感に満たされるでしょう。もちろん、そんな状態が永続的に続けばいいですが・・・。

それが諸行無常のこの世界。

一時的な快楽、満足感というのは、風のように去り、現状に飽きたり、新しい流れがやってくるのが人間界の特徴です。(って人間界しか知りませんが)

一度得た勇気や自信も、失ったり、つまづいたりしてしまうのが、人間の不器用なところでしょう。

あの時は良かったのに、あの時は最高だった・・・悩みもなくて。と思うのでしょうが、人生のステージが上がるたびに、ぜったいに人は悩みます。学校に入学、進学、卒業、就職、結婚、出産、育児、介護・・・。ひとつずつ階段を登るたびに、あるそれぞれの悩みに直面しますから、一生悩みが皆無なんて人はいないでしょう。

悩むのが当たり前。悩みがでてくるのは正常な証拠ですから、それを不安に思わず、ドーンと広い心で受け入れてください。悩みが来るのは、新しいステージに登った証拠かもしれません。

一時よくても、永続に続くことはありません。だから、悩みますが、悩みは、それを乗り越えてまた新しいステージにいくための、「仕掛け」です。

自分は何を試されているのか、ここでどう生きるべきなのか!?ということを考えるべき時です。ですから、悩みに悩んでください。悩みは悪いことではありません。次につながるステップです。

そしてそんな時こそ、客観的に自分を知ることができる「算命学」が力になると思うのです。

そして、ひとつまた悩みを乗り越えて満足し→やがてその状態に慣れ、飽き→また新たな悩みができる。

この繰り返しです。そうしながら人は日々成長していくのだと思います。悩めば悩むほど、進化します!そして若返る。フレッシュな思想と、精神が花開く。そう思えば、悩む時期を楽しくポジティブに乗り越えられそうですね。

悲観せず、充電期間と割り切って、その時間を尊く過ごしてください。2016.10.09

リピーターさんの多さにびっくり

10月に入り、雨が多くなりました。あの激しい猛暑はなんだったのかと思うぐらい、涼しい朝晩になりこれが諸行無常かと思います。あんなに暑かったときは、暑さのことしか考えられませんでしたが、涼しくなると、途端人は暑さを忘れます。そしてあっという間に厳しい冬が来るんでしょう。現在、過去、未来って不思議ですね。

10月に入ったとたん、リピーターさんからの依頼が集中していてびっくりしています。breathは、常連さんが多い。笑。居酒屋で言うと、常連さんだけでもっているような店・・・かもしれません。でも、気に入ってくれたお客さんは毎日でも飲みに来てくれます。そんなサイトです。

とくに今月入ってリピーターさんからの依頼ばかりで不思議な偶然だな~と思ってしまいます。新規の方からもありますが、やけにリピーターさんが集中していて、やはり、流れ、というかリズムがあるんだろうな・・・と思います。

毎回、依頼して頂けるのは純粋に嬉しいですね。ご縁を感じます。実際鑑定していると、依頼者の方と私はなんだかの共通点があったり、共感する部分が多いんです。相性もよかったり。やっぱり引き合うものがあるんだな~運命って不思議だな~とネットを通して感じています。

最近引越しをしたんですが、それに伴いインテリアもDIYしたりかなり新調して、気分を変えました。ひとつひとつにちいさなこだわりを入れて、居心地のいい家にしています。

引越しして気の流れが変わったのか、新しい家は広くなったのもあり随分心の風通しがいいのです。家にも相性があるんですよね。前の家も良かったのですが、すこし手狭になってきて、波長が合わなくなったのかもしれません。引っ越してから、やるべきこと、やりたいことが波のように押し寄せ、時間が足りない状況です。その上、嬉しいことに鑑定依頼も途切れずたくさんいただけて仕事にも困らない。

ありがたい状況でございます。

このように、「やりたいことが波のように押し寄せる」なんて、十代のように若い感情で、とても恵まれているなあ~と我ながら思います。何度も自分を見失って、自分のやりたいことがなんなのかさえわからなくなったことだらけの人生でしたから、余計にこの状況が素敵に思います。

鑑定に来られる方は、やはり、自分を一時的に見失っている方が多いです。以前の私のように。自分が何者なのかさえわからなくなる・・・これは辛いんですよね。そういう時に限って、周りと自分を比べ、余計自己嫌悪に陥ってしまう。今はとくにSNSで人の状況が手に取るように変わるので、知らなくてもいい情報で勝手に傷ついたり・・・と本当に現代人は大変だと思います。(そういうリスクもあるのでSNSはやっていません)

そして、必要以上に頑張りすぎてしまったり、暗闇を猛進しているような、未来の見えない状況だったり、誰かのために自分を犠牲にしていたり、ともかく「自分」以外のものに集中しすぎているアンバランスな状況にいる人が悩んでおられます。

子育て中の方なんかはとくに自分のことをできる状況ではありませんから見失いやすいですね。そういう時こそ、ご自身の気持ちを大事にしてください。自分に思いっきりご褒美をあげてください。自分のために思いっきり生きてください!

自分自身と調和出来ている人は、人間関係で不和になりにくいです。ネガティブな人も引き寄せにくく、安定しています。人の言葉の裏も見抜ける余裕があり、現状に満足しています。

ただ、それでずっと生きられないのが人間。完璧ではないのが人間。ですから、不器用に生きてしまうのです。でも、不器用に生きて失敗するぐらいが私は素敵だと思います。失敗を恐れて何もしない人生のほうがつまらないでしょう。

算命学で自分の宿命を知るのは、闇夜を揺れるちいさな帆船にひとすじの光が差し込む希望の「ランドマーク」になり、今後の人生の指針となりうるでしょう。

ご自身と心から調和したい方はぜひご依頼ください。すべての幸せは「自己との調和」から始まります。2016.10.08

すっかり秋のように

なりました。10月です。だいぶ風が涼しく感じられるようになって、心地よさが自然と湧いてきます。昔から秋から冬は苦手傾向だったのですが、最近は秋や冬が好きになりました。大好きだった夏は、逆に暑すぎて苦手になってしまいました。昔のような爽やかな、エアコンいらずの夏が恋しいです。

この季節は苦手な冬の入口となるので、どんどん気持ちが内に入りやすくなって浮かない感じだったのですが、年を重ねるとそれが逆にいとおしい感情になるから不思議です。

せつない感じや、色褪せる感じの風流なにおいが、今の私には波長が合うのでしょうか。

9月は鑑定に忙しく、濃厚な鑑定依頼を頂いたおかげで、勉強にもなりましたし、やりがいも非常にありました。本当に、自分のやりたいことが仕事となり、人々のためとなって、生きていけるというのはシンプルで心地よいことだなと感じます。

好きなことだから、勉強できるし、楽しい。もっともっと知りたい、高めたい、と思うし向上心が尽きない。好きなことを仕事にすると大変とかストレスになるとかも言われていますが、私は全くそうは思いません。好きなことが仕事になるって素晴らしいことですよ。

独身の方も主婦の方も、結婚、子育ての悩み以外に、圧倒的に多いお悩みは「適職」についてです。私はいたってシンプルに、好きなことから始めることが大事だと思います。

そうすれば、自然と能力も上がるし、やっていて楽しいから、続けられるのです。

好きなことでさえわからなくなってしまうこともありますよね。その場合はぜひ算命学を活用ください。本来の自分の方向性の舵を取るには最適ですから。

この時期からは体調も崩しやすくなります。心身の管理しながら、優雅な秋を楽しみましょう。2016.10.04